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2012年5月26日 (土)

街道をゆく 1

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書 名:街道をゆく 1
著 者:司馬遼太郎
発行所:朝日新聞社
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今回はたくさんの歴史小説でおなじみの司馬遼太郎さんがお書きになった紀行シリーズの最初の本であろうか。1972年頃から週間朝日にに連載されたものを本にしたもののようである。

読んでみると、およそ普通の旅の紀行書とは異なる。街道を旅しながら、いにしえへの想いをつづった歴史読み物である。

この本には次の5つの街道が載せられている。

湖西のみち: 琵琶湖の西側、滋賀郡、安曇(あど)川街道、そして古街道のひとつ朽木街道。

竹内街道: 奈良県の石上(いそのかみ)神宮から、三輪山、そして葛城山脈の竹内峠へ。

甲州街道: 八王子から小仏峠へ。
葛城みち:奈良県の葛城山麗を走る今の大和街道。

長州路:下関から島根県の津和野、益田まで。

 

 

この本の解説に次のように書かれていた。

この連載は、道を歩きながらひょっとして日本人の祖形のようなものが嗅げるならばというかぼそい期待を持ちながら歩いている。

この本は街道をゆく紀行文であるが、内容はその風土に根付く歴史をひも説いたものである。

例えば、「湖西のみち」では日本人はどこから来たか?というような弥生時代迄さかのぼって語られている。

「甲州街道」では「更科日記」に書かれた武蔵の国で「弓を持ち馬に騎た人に出会った」という情景をあげて、これを坂東武者の原型とし、その由来を推理している。

7世紀の後半、朝鮮半島の百済が隣国の新羅と抗争し、百済は大和の援軍を得て戦ったが、663年に白村江(はくすきのえ)の戦いで新羅に破れ、百済はほろびた。この時、多くの百済人が倭の国へ流入した。この時の百済人達の多くが東国へ向った。騎馬に乗り騎射に上達した百済人が東国の土着民と混血したのが坂東武者であるという。

上の例のように、街道をゆきながら、その歴史、風土、地理に想いを馳せた紀行文となっている。

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