« 凄い時代 | トップページ | 項羽と劉邦 »

2012年1月 3日 (火)

古代出雲王国の謎

*************

書名:古代出雲王国の謎 

著者:武光 誠 

発行所:PHP研究所 

*************

 

日本の古代史には、まだまだ謎の部分が多い。

ここで紹介する本はPHP文庫から出版されている「古代出雲王国の謎」です。以下に紹介するのはこの本の「はじめに」の内容からの抜粋です。

 

荒神谷遺跡の発掘をきっかけに、古代の歴史が大きく書きかえられた。・・・・・・・・ 出雲は、古代史を考えるうえで重要な地である。日本神話の中で欠かせない出雲神話の舞台であり、大和朝廷の人々は、出雲に死者の世界への入り口があると考えていた。いまでも、毎年十月に神々が出雲に集まって人々の縁結びを決めるとする信仰が受け継がれている。

 

また、出雲の人は、出雲大社に強い愛着を持っている。島根県下で大きな行事が行われるとき、県知事が列席するだけでは体裁が整わない。出雲大社の宮司の千家尊祐(せんげたかまさ)氏に列席してもらって、ようやく行事の体を成すというのだ。

 

なぜ、大国主命(おおくにぬしのみこと)とそれを祭る出雲大社、そして大社の神官の出雲氏が重んじられてきたのだろうか。それは、大和朝廷成立以前に出雲で生まれた大国主命信仰が、かつて全国の人々に受け入れられていたことによるものである。朝廷の祭祀は、大国主命信仰を受け継いで発展させたものだ。

 

出雲では、卑弥呼の時代より30年早く一国のまとまりが完成した。彼らが大国主命信仰をつくった・・・・・。荒神谷遺跡で出土した銅剣群をていねいに考証していくと、このような結論に行きつく。

 

邪馬台国より前に、出雲政権がつくられていた。その頃の出雲は先進地帯だった。そして、2世紀なかばの出雲人の信仰が日本人の神信仰の基礎をつくった。出雲で生まれた大国主命信仰は、関東から北九州に及ぶ広い地域で受け入れられていったのだ。

 

大和朝廷も最初は、大国主命と同一の神である大物主神(おおものぬしのかみ)を祀った。朝廷は六世紀に、大物主神より格の高い皇祖神天照大神をつくるが、古代人の間に天照大神信仰は十分に広まらず、大国主命が愛され続けた。今でも日本の各地で、大国主命が祀られている。

 

Photo

« 凄い時代 | トップページ | 項羽と劉邦 »

古代史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 古代出雲王国の謎:

« 凄い時代 | トップページ | 項羽と劉邦 »